Story4 -ハイハイ、つかまり立ち、そして初めての装具-

みいが4か月になってしばらくして、私の職場復帰が急遽決まった。

その頃の私は保育園看護師として働いていた。(今は違うが…)

本当は6か月で復帰する予定だった。

この職場復帰については当時の園長に言いたいことがあるが、まあ…今となってはいいことにする(笑)

 

私が勤務していた保育園は校区外だったので、一緒の園に通わせるかどうかは将来的なことも考えて少し悩んだ。

でも病気のことをすぐに話せてわかってくれる先生たちがいて、何より自分の職場で我が子を見れることは安心だったしありがたかった。(もちろんメリットもデメリットもあるけど)

 

というわけで、みいと一緒に保育園へ通う日々が始まった。

月齢もあるだろうし、外へ出始めたこともあるだろうけど、この頃からまあ本当にしょっちゅう熱を出していた。

熱発と鼻水と咳と便秘…あと中耳炎…保育園時代はずっと闘っていた気がする…

 

みいの発達は順調だった。

5か月でハイハイ(腹這い)ができるようになった。

骨の変形など全然気にならないくらいあっという間に上手になって、力強くハイハイをするようになった。

行動範囲もどんどん広がって楽しそうだった。

 

1つ細かいことを書いておくと、ハイハイする時に変形がない右足を使っていることが多かったようだった。

”ようだった”というのは、そんなことは忘れていたからである…(笑)

 

6か月になっても相変わらず鼻水だ、咳だ、熱だということも多かったけど、離乳食もよく食べてすくすくと育ってくれた。

子育ては大変だけど、元気で活発に動き回って、よく笑い、大きな声を出し…そんなみいを見るだけで私も元気をもらっていたと思う。

親はみんなそんなもんだな、きっと…

 

6か月になったので予定していた聴力検査をした。

結果は前回と変わりなかった…ということは正常ではなく、難聴があるということでもあったのだけど…

でも悪くはなっていなかったのでそれは少しほっとした。

 

7か月になるとつかまり立ちをするようになってきた。

おもちゃ箱の上に体ごと乗っかったりもするようになってきた(笑)

本当に子どもの成長は早い!

 

そしてこども病院の受診日がやってきた。

整形外科ではレントゲンを撮り、”左下肢の骨は44°曲がっていてさらに後ろに30°反っている”と説明してくれた。

でもこの骨の角度は先生の測り方でも微妙に変わってくるし、今では一回一回の結果で一喜一憂しなくなった。

 

そしてつかまり立ちを始めているので、装具を作ることになった。

装具を作る時、型取りのためにギプスを巻くのだが、これが大変で大泣きだった…

この型取りは小さい子にとってはけっこう負担だと思う。

 

小児科では発達は全く問題ないと言われた。

レックのカフェオレ斑はある程度すると増えなくなることが多いが、まだしばらくは増えるだろうとのことだった。

この頃はやっぱりカフェオレ斑がすごく気になっていた。(今は気になっていないのかと言われるとそれは違うが…)

 

だからあざを消す方法とか調べたりもした。

でもよくいわれるレーザー治療などはレックのカフェオレ斑には効かないことが多いと聞いて、むやみやたらに調べることはいつからかやめた。

今は5年後10年後の医学の進歩をただただ信じている。

もちろんレックリングハウゼン病自体の治療も含めて…

いつか本人が気になって悩んだりすることがあったら、その時は全力で治す方法を探すつもりでいるが。

 

あとはもう一つ気になっていたことがあり、それを診てもらった。

最初に気がついたのがいつかははっきりしないが、鼻の横に小さなできものができていた。

そのできものが治らずなんとなく大きくなっている気がしていた。

先生には”まだレックのせいかわからない、どちらにしろもう少ししないと切除は不可能だし、大きくなって切除するようなら形成外科に紹介状を書く”といわれた。

 

そしてそれとは別だが、1歳ぐらいになったら脳のMRIを撮るかもしれないと言われこの日の診察は終了した。

 

1週間後、出来上がった装具を受け取りに行った。

左足に装着すると嫌がる様子はなかったけど、慣れずに重いのか少し引きずるようにハイハイしていた。

それでも翌日には使える右足をフルに使いながら、つかまり立ちにも今までと変わらずチャレンジしていた。

子どもってすごいな~って心から思っていた。

 

その後、装具の調整をしてもらいながら様子をみていった。

装具は寝るとき以外は基本的につける。

でも1、2回つけずに立ったからといって骨が折れるわけではなく、骨折する時は疲労骨折のようなものだからそこまで神経質にならなくてもいいと言われた。

 

こういう何気ない先生の言葉というのはとてもありがたかった。

今でもそうだが、親はどうしても神経質になりがちでびくびくしている部分がある。

でも時々、病院の先生が言ってくれる何気ない一言で楽になったり救われたりすることがある。(逆もしかりだが…)

 

こうしてみいと装具の長いお付き合いが始まった。

装具の色は赤にした。

単純に可愛いと思ったから。

装具の色はいろいろ選べたし、ベルトの部分に星とかハートとかつけてくれたりして、「子どもの装具って可愛いんだね~!」って驚いたのを覚えている。

この時から今まで赤かピンクしか作ったことはなかったが、今度は水色にするらしい。

こんなところで成長を感じた(笑)

 

みいは装具をつけて最初こそ少し動きにくそうにすることもあったが、すぐに慣れた様子でつかまり立ちも安定して上達し、伝い歩きもできるようになった。

その後の発達も順調で、できることが増えて日々新しい表情を見せてくれた。

To be continued…

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