Story6 -言葉が出始めてからの気づき…そして神経線維腫の確定診断-

1歳半を過ぎると言葉がよく出てくるようになった。

「ママ」「パパ」「アンパンマン」「ワンワン」「ブーブー」

ほんと、可愛いばかりだった(笑)

この時期はびっくりするくらいどんどん言葉を覚えていく。

家ではとにかくおしゃべり好きでよくしゃべっていた。

言葉の出始めの頃には、保育園でも同じように言葉が出ていたと思う。

ただおとなしい…いやおとなしくはなかったか(笑)

家に比べると言葉が出るのがちょっと少ないかな、シャイなのかなという感じだった。

でも普通に「あーー!」とか「おーー!」とか大きい声で言うこともあれば大笑いすることもあった。

 

記録によると1歳10か月の時に初めて「あっちいった~!!」と2語文を話したらしい。

この頃の私のお気に入りはイルミネーションがキラキラしているのを見て「リラリラ~!!!」と喜んでいて、イルミネーションが見えないところで私が「キラキラ~」と言うと「リラリラなーーーいっ!!!」と怒るみいだった(笑)

 

2歳になる少し前に保育園の先生と、「家ではよくしゃべるけど保育園ではあんまりしゃべっていないですね」というやりとりをしている。

全くしゃべらないというわけではなく「これなん?」「ニャンニャン」「せんで!」など話はしていたようで、ただ家に比べるとすごく少なかったと思う。

この時に初めて外では本当にあんまりしゃべらないな~って意識したのかもしれない。

2歳になっても相変わらずだった。

家では本当によくしゃべるが、保育園では時々…でも声が出ないわけではなく、笑ったりとか声はけっこう出ていたと思う。

保育園で先生やお友達が言っていたことを覚えてきて家で話すことがあって、よく周りを見てるんだな~と思っていた。

あと、先生がいないところで特定の仲良しのお友達に対しては割と話しかけたりもしていたらしい。

 

でももしこれが『場面緘黙』の前兆かなんかだったとしても、この時期に気づくことはできないし、たとえ病院に行っても診断できる段階でもないし、どうしようもないと思う。

ここからみいが『場面緘黙』になったきっかけみたいなものがあるかというと、思いつかないしそれはわからない。

あえていうと、すごく仲良くしてくれていたお友達が転園でお別れしないといけなくなったことが2回ほどあった。(でもその後もまた仲良くしてくれるお友達はたくさんいたし、すごく様子が変わったということもなかったけど)

 

外ではあまりしゃべらないと書いたが、スーパーなどでは普通に話していて、大きな声で歌を歌うこともあった。

自分に注目されていなければ大丈夫だったのかもしれない。

やっぱりシャイだったのかな…まあ、今でもシャイだけど(笑)

 

言葉の出始めはこんな感じだった。

ここから『場面緘黙症』となるのはまだ少し先である。

そして以前から気になっていた『右耳下腺の晴れ』

2歳になる少し前に、通っていた整形外科の先生に少し相談するとエコーで診てくれて、”何かある”けどはっきりとはわからないから耳鼻科で診てもらった方がいいだろうと言われていた。

 

その後、2歳になってしばらくしてから近所の小児科の先生に紹介状を書いてもらい、大きい病院でCT検査をすることになった。

結果は『神経線維腫』だろうと。

1つではなく小さいものがたくさんあって、少しうつっている頭の部分にもできているとのことだった。

そして頭蓋骨が一部欠損しているということも言われた。

これもレックの症状の一つだけど、最初に聞いた時はけっこうショックが大きかった。

 

その結果をもってこども病院の小児科を受診した。

今でもこの日の診察のことはよく覚えている。

 

今までの経過、CT検査の結果を話して診察してもらった。

診察してくれたのは優しい雰囲気の女の先生だった。

 

・右耳下腺の腫れはやはりレックリングハウゼン病の神経線維腫の可能性が高い

・顔が若干もりあがっているように見えるので少し影響が出ているだろう

・脳の腫瘍については早めにMRIを撮った方がよい

・レックリングハウゼン病の場合、6歳ぐらいから腫瘍ができ始めることが多く少し時期が早い為、本当にレックリングハウゼン病からなのか確認した方がいい

・骨の欠損についてはレックリングハウゼン病の症状の一つでそこまで心配する必要はない

・発達は今のところ順調で大丈夫、でも年長さんぐらいになったら一度発達の検査はした方がいいだろう

 

いろいろなことを頭の中で理解して処理するのが大変だった。

すごくショックだったし不安しかなかったけど、それでも心をなんとか保っていられたのは先生のおかげだった。

 

先生がとても親身になってくれていることが伝わってきたから…

たぶんその時先生は妊娠されていたと思う。

同じ母親としての立場でも気持ちをわかろうとしてくれていた気がする。

 

まだ少し早いけど特に女の子だし外見の問題も出てくること。

2分の1の確率で子どもに遺伝する病気だから、結婚する時には臨床遺伝専門医と相談することや出産のことまで話をしてくれた。

 

この時に先生が話してくれたことはずっと今も忘れずに心に残っていて、これからも絶対に忘れないと思う。

先生が教えてくれた病気のことだけではなく、先生から伝わってきた温かさだったり、優しさだったり…この時、どれだけ救われただろうって感謝している。

今は転勤で先生は代わってしまったけど、この時に診察してくれたのがこの先生で本当によかった。

そして日を改めて今度はMRI検査…

この時期の検査は…本当に大変で…疲れる…よ…

なかなか寝ない我が娘…(笑)

飲み薬と座薬をWで使用したら今度は検査後になかなか目覚めない…

寝ても起きてもどっと疲れる…(泣)

 

MRIの検査結果

・右耳下腺の腫瘍は神経線維腫でほぼ間違いない

・でも2歳でできるのは非常に珍しいし、場所的にも珍しい

・少しずつ大きくはなると思う

・その際、外見的な問題も出てくると思うが、それよりも気道などを圧迫していく可能性があって、今すでに少し圧迫している

・右耳も中の方で圧迫・変形している(聴力検査を行う)

・脳の方は基底核と小脳に良性腫瘍があるが自然に消失していくだろう、バランスを司るところだが特に問題はない(定期的に検査は必要)

 

今回もなかなかヘビーな内容だったが、なんとか心を落ち着かせていられたのはやっぱり先生のおかげだったのかもしれない。

そして先生に2歳とピースのしぐさをして褒めてもらっていたみいの笑顔のおかげ。

 

またまた日を改めて聴力検査をした。

仕事をしながらの通院と検査は本当にきつい(涙)

右耳の内耳の部分の反応が鈍く、腫瘍ができているところと同じなので影響しているのだろうと言われた。

ただ全く聞こえていないわけではなく他の部分は正常とのことだった。

 

出産後からずっと聴力検査でひっかかっていたのはこのせいだったのかな…

でもそうすると生まれた時にすでに腫瘍があったということになるんだけど…

今となっては腫瘍がいつできたのかわからないので、その時に聴力に影響していたのかもわからない…

 

そしてこの右耳下腺の部分にある腫瘍を切除することは難しいと言われた。

神経自体から腫瘍ができているため、取ってしまうと他の神経も一緒に取らないといけなくなり耳が全く聞こえなくなってしまう可能性がある。

だから今の時点では経過観察していった方がいいということだった。

 

ちなみにこの方針は今の病院、今の先生も一緒で変わっていない。

手術して取ると他の神経を巻き込んで切ってしまうので、聴力や顔面神経などに影響が出てしまう可能性が高いと言われている。

 

みいはけっこう続けて診察や検査をたくさん受けないといけなかったから、きつかっただろうと思う。

それでも泣きながらも頑張って、泣き止んだらまたすぐにニコニコ笑って…

子どもは親が思うよりずっと強くて逞しくて、親の方が学ぶことの方が多い。

これはみいが生まれてきてからずっと実感していること。

 

まだまだ学び足りてないな、私。

まだまだ強くならなきゃいけないな…でも人って弱くてもいいのかな…

考えても未だに答えは出ないんだけど…

でもやっぱり、もっと強くなりたいよ。

 

To be continued…

 

いつも娘の記録には動画をつけないけど、この記事を書いている時にこの曲が流れてきて、すごく今の自分の気持ちとリンクしたので置いておきます。

よかったら聴いてください。

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