Story7 -場面緘黙症かもしれない-

検査で神経線維腫はじめいろいろなことが判明したが、特に普段の生活が変わることはなく、毎日親子で保育園に通う忙しい日々が続いていた。

 

保育園では全くしゃべらないというわけではなかったが、ほとんど頷いたり首を横に振ったり、指さしたり、目で訴えたり(これは本当に上手だった、今でも上手w)そういう意思表示やコミュニケーションの取り方が多かった。

「早く園でもたくさん話してくれるようにならないかな~」

この頃は漠然とそう思っていた。

 

家では本当によくしゃべるし、どんどんいろんな言葉が出てきて、時には大人の真似をしてみたり…マシンガントークが日常だった(笑)

園ではあまりしゃべらないものの、お友達や先生とのやりとりもできていたし、生活面も多少の悩みはあるものの特に大きな問題はなかった。

たまーに本当に伝えたい時など、つい言葉が出ちゃったみたいなことはあったようだった。

毎日1日をどんな風に過ごしていたのか、先生やみいの話を聞いたり、お手帳を読むのが楽しみだった。

左足の装具も問題なく着けていた。

小さくなって作り直したけど、レントゲンや型取りでも泣かなくなったり、園で何も言われないのに着替えの時に一度自分で外して着替えてからまた着けていたり(その方が着替えやすいと気づいたみたい)みいだからこその成長を感じることも多かった。

 

こうしてみいは3歳の誕生日を迎えた。

この頃少し気になっていたのは右耳の中が汚れやすくて痒がることが多かったこと。

これは今でもそうで、左耳はほとんど言わないけど右耳は痒い、綿棒で掃除してっていつも言ってくる。

 

やっぱり変形があることで通気が悪かったり蒸れやすくなるみたいだった。

耳鼻科で何度か相談したけど、仕方ないというか…(笑)

今の綿棒掃除でいいと言われている。(個人的に耳掃除好きだからこれはこれでいい笑)

 

あとは右の頬を噛むことが多かった。

これもやはり腫瘍が影響していたと思う。

最近はあまりないが、腫瘍があることで内側に少し盛り上がっていて食べている時に噛みやすかったみたいだった。

3歳半過ぎてから子ども病院での診察時、保育園や特に大人の前ではあまり話さないことを相談した。

言葉の発達自体には問題ないと思うが、一応言語の検査を受けてみて、その結果次第で大人と話すきっかけや練習する機会を作ることもいいかもとのことだった。

みい自身は「どうして?」と聞くと「先生とはしゃべらない」と答えていて、自分で話をしていないという自覚があるみたいだった。

 

そして3歳9か月の時に初めて言語の検査を受けた。

私も同席していたが、検査中ニコニコはしているものの言葉は一言も発さず(笑)

最初に行った大まかな知能検査では『4歳2か月程度』となり、こちらがびっくりするくらい理解していたものもあった。

でもその後の詳しい検査では『2歳9か月~11か月』となった。

ただ、しゃべらないといけない検査はしていないのであくまでも目安。

 

その後の診察では知的には問題ないと言われた。

でもこのままの状態だとやはり今後問題になってくるかもしれないし、場面緘黙症の可能性もあるとのことだった。

何かきっかけや練習していくことが必要になるかもしれないと…

はっきりレックとは無関係だとは言えないが…とも言われた。

4歳になって成長しても保育園で話さない部分だけは変わらず…

保育園だけでなく、プライベートでも両親・祖母(私の母)以外の大人がいると話さなかった。

4歳4か月の時にもう一度言語と作業の検査・評価をしてもらうことになった。

 

言語では一言もしゃべらず…(予想通り)

作業でも一言もしゃべらず…(予想通り)

 

結果としては

コミュニケーションにおいて苦手な部分がみられ、評価が低い。

したいこと、したくないこと、自信がないものがはっきりしていて、まだ体全体の認識がしっかりとできていないのでダイナミックな遊びを取り入れていくといいかも。

言語においては前回と変わらずコミュニケーション部分で『2歳10か月』

他の部分は『4歳』

(話をしていないため正確ではない可能性あり)

 

先生は今の年齢で「恥ずかしい」というだけで言葉を発さないのは考えにくいとのことだった。

でもまだこの時点でははっきりと『場面緘黙症』とは診断されていなかった。

小学校入学に向けて訓練していった方がいいだろうということで、みいは言語療法・作業療法に通うことになった。

幸い、家のすぐ近くにとてもいい病院があってそこに紹介状を書いてもらい、みいと私達の生活の中に新たな場所が加わった。

 

(今回、2歳~4歳まで時が早く流れた笑)

 

補足しておくと、この時期に私が心がけていたことはみいに対して「なんでしゃべらないの?」「自分で言って」などと無理にしゃべらせようとしたり、早く人前で話せるようにと促したりしないことだった。

人前でしゃべらないことを私なりに受け入れていた。

だから知らない人がみいに話しかけて、みいが答えなければ私が答えていた。

 

はたから見たらちょっと過保護な親に見えることもあったかもしれない。

でも私はみいになりに理由があって話さないことを理解してあげたかったし、もし場面緘黙だったらそうやって無理にしゃべらせようとすることが逆効果になることを知っていたから…

時々ふいに保育園やいつもは話さない場所で話すことがあって、”わ!嬉しい!”と心の中で思っても、なるべく普通に冷静に(笑)

 

それは間違っていなかったかなと思っているし、場面緘黙がほとんど改善された今でも無理にしゃべらせようとすることは一切ない。

私はそれがとても大切なことだと思っている。

 

To be continued…

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